倫理の道標
丸山敏雄の発見した幸せになる生活法則
19. 質素な生活は視野を広げる
お金は大切だ。貧乏であるよりも豊かである方がよい。
だが、それがすべてではない。
この身一つで、今、ここにしか存在できないのが人間である。
すべてが借り物であることを自覚すれば、質素である方がよくなる。
「足るを知る者は富む」と老子は説いた。倹約よりも浪費を奨励するようになったのは、20世紀に入ってからのことである。
しかし、そんな時代も終わりつつある。大量消費の国・アメリカでさえも、最近、質素と倹約を呼びかけるようになった。日本も、古人をモデルとして、これからの生活を見直した方がよい。
敏雄の日常生活は、実に質素であった。もちろん、それは、農家に育った者として両親の感化を受けたこともあるだろう。しかしそれは、派手や贅沢を好まなかったという点においてはそうかもしれないが、お金を使うべきときは惜しみなく使った。物も金も使い切ることが、それを活かす道だと考えていた。いかなる時もごく自然に、明朗に、物を活かし、質素な生活を楽しんでいた。
たとえば、小包などの包装紙を利用して本のカバーにしたり、手紙の封筒は裏返しにして再利用したりした。アイロンの余熱を利用し、束ねて積んでおいた包装紙のしわをきれいに伸ばす。書き損じた原稿用紙は、書道の練習用に使った。
みかん箱を積み上げて書棚にし、古い机や椅子は何回も修理して磨いては愛用した。贈られてきた小包の紐も、きちんとほどいて再び使うようにする。衣服なども破れれば自分で縫い、足袋をよく洗濯して長い間使っていた。
メガネや筆などをわが伴侶のように大切にしていた。貧窮の家の、絵に描いたような生活術だが、家族や周囲の人びとに強要したことはない。
「愛人寛宏 粛己峻厳」
敏雄が好んでいた言葉である。他人にはゆるやかに、自分には厳しく、という意味になる。他人への贈り物は最上級の品物を選び、目上の人などに対しての手紙も、最良質の和紙の便箋や封筒を使っていた。
生活費を節約して分譲マンションを買おう、という本がベストセラーになった。だが、敏雄の考えは、一般の清貧論とは異なる。その根本は、自分の所有物は何一つないという視点に立っていたことである。衣食だけでなく、毛髪一本にしても天地の恵みを受け、父母の身体を通じて借りた「預かりもの」であり、自ら作り出したものではない、という考え方だった。
それは、富もよければ、貧もよい。求めるところがないから足らないところもない、という独自の心境を培う。
「諸君、何をぐずぐず自ら自分の境遇の囚われになっているのか。精神の自立ということを味わえ。そして、にっこりと笑って君の環境を客観せよ。心は大宇宙に住んでも、だれも文句の言い手はない」
「質素」という視点から生活を客観視すると、本当に必要なものと、そうでないものとの区別が明らかになってくる。