丸山敏雄ウェブー倫理運動の創始者 その生涯と業績

倫理の道標

丸山敏雄の発見した幸せになる生活法則

22. 心に空所を持つ

張りつめた弓は簡単に切れてしまう。

自動車のハンドルに、適度な「遊び」がなかったら運転は難しい。

余裕のない人はとかく失敗が多い。

趣味を持つことで、本業を豊かにし、人間に幅を持たせよう。

趣味を持つことは大切だが、本業をおろそかにしてはならない。本業は、「天下何人なんぴとにもひけをとらぬ」という覚悟で取り組んだ上で、さらに、趣味に心を遊ばせることが大切である。
人生にはなぜ、趣味が必要なのだろうか。それは、趣味は心の「空所」だからである。空所とは全く何もない所、何もない空き部屋である。
空所とは、本業と無関係の別世界である。それゆえ、自分の本業のことが、自然にはっきり反省される。特別に反省するというのではなく、自然にわかるのである。
剣豪・宮本武蔵が、吉岡一門と決闘をする直前のこと。緊張しきった様子を、遊女の吉野太夫に笑われたことがあった。ムキになった武蔵に、吉野太夫は琵琶をなたで叩き割って見せた。美しい音色は、空洞があるからこそ出るものであること。そして、張りつめているだけではなく、ほどよい緩みがあるから・・・・・・ということを説明した。
武蔵の気持ちはふっと楽になった。緊張の糸はほぐれ、その後の決闘に勝利することができたのだった。
人は山の中に入り込むと、山は見えない。海も海女のように海中に潜ってしまっては、海の大きさはわからない。空の高みから山や海を見下ろすように、空所とは自分の生活を外部から、客観的に見る場所なのである。
およそ人の一生にはさまざまな変化がある。
たまたま自分が流れに合致している時は、心に空所など持たなくても順風満帆、バリバリと本業をやっていけるだろう。だが、流れは目まぐるしく変わる。

始球式のめずらしい一枚

頼まれて投げた始球式。どんなことでも楽しんだ(昭和14年頃)

わき目も振らずに本業だけにのめりこんで来た者は、時代の変化に対応が遅れることもある。軌道修正ができずに、馬車馬のごとく突き進んで、ついには身を滅ぼしてしまうことにもなりかねない。
敏雄の本業はあくまで学問の研究であり、教育の仕事であり、生活法則の探究であった。全精力を傾け、研究し、身をもって実行した。その上で、たくさんの趣味を楽しんだ。
心に空所を持つ。つまり趣味に心を遊ばせ、欲得を離れて無心になって自分を客観視できる時間は、大きな仕事をする人ほど、必要となる。敏雄はこう言った。
「心に空所を持つことを、さらに徹底すると、実は本業そのものが趣味になってしまうという境地に到達する」
こうなると、本業の仕事が最も愉快なこと、面白いことで、そのほかに何も求めるところがない。名誉を求めず、金銭・物質を求めず、仕事を友とし、仕事を生命とする。こうした人の仕事は、澄みわたった心境になり、思いもよらぬ成果が生まれる。