倫理の道標
丸山敏雄の発見した幸せになる生活法則
25. 思いやりが人の心を動かす
弟子たちは皆、かたじけなさに涙をこぼした。
「この人のためだったら何でもやりたい」
そんな思いにさせた師匠とは、いったいどんな心持ちでいたのか。
「先生、どうして箸をおつけにならないのですか?」
敏雄は答えない。重ねて尋ねられて、ようやくひと言つぶやいた。
「青山君がなあ・・・・・・」
昭和25年のある日、勉強会を終えた敏雄は、会友数名とともに食事を始めた。しかし、敏雄だけが箸をつけようとしない。不思議に思った会友の一人が敏雄に尋ねたのである。
実は、弟子の一人である青山一真が、まだ外で懸命に仕事をしていたのだった。敏雄自身は勉強会をすませてからの食事であり、気兼ねや遠慮をする必要はまったくない。だが、まだ仕事をしている弟子のことに思いを馳せる敏雄は、箸をつけられなかったのだ。
こんな話もある。
宇宿五郎は、赤紙召集を受け、中国広東省で戦場生活を送った。その折、敏雄と手紙のやり取りを行ない、その手紙の中で「目上に反抗するような心を出してはいけない」というアドバイスを敏雄から受けた。
このアドバイスを心に誓って実践に努めた宇宿は、3年余りの戦場生活を、かすり傷一つ負わずに無事に終えることができた。昭和15年7月、宇宿は除隊したその足で、当時大阪の境に住んでいた敏雄を訪ねた。
「無事によく帰ってきたねえ」
敏雄は、手放しで歓待した。そして、自分より15歳も若い宇宿を上座に迎え入れた。宇宿の話を真剣に聞いた敏雄はこう語った。
「あなた達、兵隊さんのお陰で、われわれ内地に住む者は、安心して暮らしていけます。本当にご苦労でしたね。大変だったろうね。ありがたいことだ」
そして、弟子に深々と頭を下げたのであった。
「お風呂へ案内しよう」
宇宿を銭湯へ連れていった。
「戦場のほこりをすっかり洗い落としてあげようね。どんなにか、大変だったことだろうねえ。いい体格だね。強そうだね、ずいぶん活躍して来たんだろうねえ」
敏雄は、宇宿の背中を流した。腕から背中まですっかり洗ってもらった宇宿は、この時、深く心に誓った。
「この先生のお仕事のお手伝いをさせていただいたら、どんなに幸福だろうか。何か先生のお役に立つことをさせていただこう」
人の心を真に動かすのは、金銭でも権力でもない。思いやりという、打算から最も遠く離れた真情である。「そこまでに、私のことを大切に思ってくれるのか」と、お互いの心に響きあったとき、私たちの人間関係は信頼の絆でしっかりと結ばれる。