倫理の道標
丸山敏雄の発見した幸せになる生活法則
20. 理屈抜きに実験する
迷うなら、臆せずやってみよう。
行動すれば、必ず結果が出る。
一歩を踏み出さなければ、何も始まらない。
「わかった?」
「わかったよ」
誰もが口にする。「わかる」とはどういうことだろう。ふつう「わかる」とは知的な理解を指す。頭で考えて「そうか」と思うことである。だが、それでは通用しないことがある。武道やスポーツは、いくら頭でわかっていても、それだけでは意味をなさない。体を使い、何度も何度も反復練習を行なわなければ身につかないもの。
「わかる」ことと「行なう」こととはたいへん違う。頭で「わかる」のは、自分がすでに持っている知識や経験を頼りに、「なるほど」とうなずくことである。知識もなく、経験もないことは、納得しにくいし、行動にも結びつかない。
だが、それだけでは世界が広がらない。わかっても、わからなくても、ともかくやってみるという方法があってもよい。まずは行動してみる。そして、その結果によって判断したり、理解したりするのだ。
丸山敏雄は、行動を重視した。自分にとって未知の分野を<実験>と称していろいろと試すのである。ただし、敏雄の<実験>は、生易しいものではない。常に信念を伴っていた。
最初の<実験>は昭和7年、当時4歳だった次男が麻疹を患った時である。ある人から敏雄は、「病気には意味がある」、「子供の病気は親に何かを教えている」と聞いていた。本当かどうか、思いきってわが子で<実験>してみた。
思い当たることがあった。長男と7歳も歳が離れていたことから、可愛がり、気にかけ過ぎて、ことあるごとに一喜一憂していたのである。
まず、きれいさっぱりと心配を捨てた。熱があったが、子供を連れて外出し、夕刻には風呂に入れた。大丈夫だ、という信念があった。するとどうか、ぐっすりと眠った翌朝、次男はすっかり元気を取り戻した。麻疹は快癒してしまった。
<実験>は、躊躇したらできない。理屈ぬきに、素直に行なうに限る。
腎臓病に悩む人が、敏雄に指導を受けに来た。
「私の言うことを、そのままやりますか?」
「何をやるのですか? 難しいのですか?」
「そんな中途半端な気持ちではムダなことです。お帰りなさい。私は易者じゃないから。参考のために聞くというならお話できません。私の言う通りにやりますか?」
「やってみます」
「みます、じゃだめです・・・・・・」
敏雄の巌のような姿勢に、ままよとばかりに捨て身になり、すべてを実行した。病気はたちまち治ってしまった。理屈ぬきに行動した時、天は決して見捨てない。