丸山敏雄ウェブー倫理運動の創始者 その生涯と業績

倫理の道標

丸山敏雄の発見した幸せになる生活法則

24. 人を変えるよりも自分を改める

世の中に変わってほしい、人に変わってほしい、と思う人が多い。

火のない暖炉にいくら手をかざしていても、一向に暖かくはならない。

自分で薪をくべ、火を点けたらどうだろうか。

さっさと自分がやり、自分が変わってしまうことである。

あからさまに要求を突きつける人はむしろよい。しっぺ返しを受けたり、わがままに気づかされたりするからだ。
ところが、そうではなく、表向きは周囲に合わせていながら、内心、他人にばかり求めるものが大きい人がいる。そして、それが叶えられないことに、不満を募らせる。他人への故なき「請求書」を隠し持っている人が、いかに多いことか。
この問題さえ・・・・・・、この子さえ・・・・・・、会社さえ・・・・・・、そんな思いを抱いた人は少なくない。しかし、解決しない。どうすればいいのか。簡単な方法が一つだけある。それは、請求書の宛名を自分自身に変えてしまうのである。すると、思いがけず扉が開いてしまう。
「人を改めさせよう、変えようとする前に、まず自分が改め、変わればよい」

長崎・鳴滝の家で。長男竹秋の健やかな成長を願いつつ

長崎・鳴滝の家で。長男竹秋の健やかな成長を願いつつ(昭和3年頃)

丸山敏雄は、人間関係の要諦をそう明らかにした。
昭和25年、水戸に住む小菅きくいは、娘の反抗に困り果てていた。思い余って敏雄に相談した。娘への接し方などをアドバイスしてもらえるものと期待していると、意外な答えが返ってきた。
「あなたは子供のころ、親に反抗したことがあるでしょう。今それを見せられているのですよ」
小菅はハッとした。実は娘のころ、未亡人の母に再婚問題が持ち上がった時、どうしても受け入れられずに家出してしまったことがあった。
わが子は、自分の娘時代を実演していただけなのである。小菅は、心から母に詫びた。すると、娘の反抗がすっきりと治まった。
子供に困らされたという時、その原因はことごとく親にある。親が自分の生活を正し、夫婦が明朗愛和に返れば、子供は自然に立ち直る。

こんなこともある。昭和24年、広島を訪ねた敏雄は、土井八郎から、次男がトラックにはねられて、2ヵ月も入院することになったと聞かされた。そして、直ちにこう言った。
「夫婦の心が一つになっていないことが事故の原因ですよ」
果物店を経営していた土井は、仕事をするのは自分なのだ、と思い込み、妻に相談するということがなかった。そのうち、ことごとくに妻が反対するようになり、気持ちがすれ違うようになっていった。
夫婦一致和合の大切さを教えられた土井は、妻とよく話し合った。そして、何事も妻に話をして、相談してから決めるように改めた。すると、妻が異を唱えることはまったくなくなった。仕事も順調に運ぶようになった。
自分が正しい、相手が間違っているという態度では永久に平行線である。人への「請求書」を隠し持っているうちは、決してうまくいかない。